母乳育児しちゃいました!ママたちの体験

転勤先で、保育器の赤ちゃんへの母乳育児

出産した安堵感や喜びもつかの間、ちゃんと育ってくれるだろうか?ちゃんと育てていけるだろうか?不安になることはたくさんあります。
その中で、母乳で育てるという事は、大概の母親が心配になることです。
私もそんな一人でした。もともと痩せていたのでそんなに大きくならない胸、ちゃんと出てくれるのだろうか?量は足りるのだろうか?心配事だらけでした。

 

 

小さく産まれた娘は黄疸もきつくずっと保育器に入っていました。面会が許されるわずかの時間におっぱいをあげるのですが、体力がないのか途中で寝てしまいます。名前を呼んで起こしてもまた寝てしまう、そんな毎日に不安が増していきます。
助産師さんからは、お母さんが不安に思っていると赤ちゃんにも伝わるしおっぱいも出にくくなるよ!だから「大丈夫!」といつも思っていてね。と言われました。
保育器の中で懸命に生きようとしている娘、弱いながらも吸ってくれる命を私が守らないと!そう思うようにしようと気持ちを切り替えていきました。
個人病院だったので手作りの食事も美味しくて、普段から小食の私も「これをしっかり食べたら栄養になる」と思い出来るだけ残さず食べるように心掛けました。助産師さんも毎日マッサージをしてくれながら色んな話しをしてくださり、私の気持ちがほぐれるようにしてくれた事とても感謝しています。

 

関西出身の私がだんなの仕事の移動で大分県に住む事になりました。習慣や言葉も違うし知り合いもいないし、こんなところで出産なんか出来ないよぉと最初は思っていました。でも少しずつ知り合いも増えて大分弁もわかりかけてくると、おおらかな気質に人が多いからかゆっくりと関西弁で話す私を受け入れてくれるようになり友達も出来てきました。妊娠がわかりどの病院に行ったらいいかもわからない私にここがいいよとか、あそこはこんな病院だからと教えてくれたり、丈夫な赤ちゃん産まれるようにと野菜を持ってきてくれたりと、みんな親切にしてくれました。
実家に戻り出産しようかと思っていた私は、親切なまわりの友達がいるこの大分で産もうと考えも変わってきました。産婦人科の先生にもここで出産しますと報告すると、慣れない土地で出産は大変だけど頑張って元気な赤ちゃんを産みましょうねと言ってくださいました。
そんないきさつがあったのですよ!と助産師さんにマッサージの時に話すと、そう決めたことは私も嬉しいし、この大分で頑張ってきて良かったと喜んでおられました。色んな事を話せる助産師さんの存在はとても大きかったです。

 

娘も少しずつ体重が増えていき吸う力もついてきました。そうすると母乳もよく出るようになり、私自身もようやく「母親」になったのだと実感するようになってきました。
おいもを食べたらよく出るよと教えてくれた人もいて、さつまいもをよく食べていました。食べ物ももちろん大切なんですが、大らかな気持ちでいる事が大切だなぁと当時を振り返って思います。

 

保育器に入ってる小さな娘をみては、知らない土地での出産があかんかったのかなぁとか、退院してから何かあっても誰を頼りにしよう?やはり母親に来てもらおうかなぁ?とか色んな不安を抱えていました。小さな娘を抱っこしていてもそんな事が伝わるのか娘も元気がなかったような気がしていました。産まれてきてくれてありがとう!頼りないけれど、頑張ってあなたを育てていくからねと思えた時は、娘もしっかり吸っていてくれたような気がします。
母乳で何とか育てる事が出来たのは、みんなの協力のお蔭だと思います。一人で抱えこまずに声に出していくことも子供を育てる大切なひとつだと今更ながら思います。

 

出ない時もあります。そんな時もあせらずに心を休ませる事も必要だと思います。完璧な母親はいないでしょうしね!子供と一緒に成長出来たら幸せだと思います。

 

ひまわり・30代前半